3月13日(日)

 情報によると沙夜ちゃんはこの春卒業の高校3年生。その高校の年間行事予定表によると3月7日に卒業式を終えたという。
 心配だ。卒業と同時にグレートホステスでのバイトをやめてしまうのではないか。いつやめてしまうかは以前から心配していたことだが、卒業という一つの区切りを迎えるとその心配もいっそう高くなる。今日いてくれることを願ってやまない。
 15:40発、自転車でグレートホステスへ。遠くから店内を見た限りでは姿は見えない。ちょっと心配しながら駐輪場へ行ってみる。
 自転車がありましたー。とりあえず今日のところは安心。
 駐車場を歩きながら店内を見てみる。今日は沙夜ちゃん窓際にいない。また会釈してもらいたかったのだが残念。
 店の出入り口まで歩き、ふと中を見てみると、レジのところに亀島さん。今日は亀島さんの案内だ。ワシは下を向きながら入店した。
 「いらっしゃいませー」
 レジにいたのは亀島さんなのだが、聞こえてきたのは沙夜ちゃんの声。ワシの入店を見た沙夜ちゃん、亀島さんがいる後ろのところにわざわざキッチンから出てきてくれたのだ。ワシは非常にテレてしまい、沙夜ちゃんの顔を見ることができなかった。
 亀島さんの案内も一丁前。禁煙喫煙も人数も聞かずに「どうぞー」と禁煙席を手で指すのみ。座る席を選ぶのもワシの自由。店内が見渡せるいつもの席を取った。
 今日もサラダを頼むとするか。メニューをさっと見て、注文を取りに来てくれるのを待つ。
 沙夜ちゃんと亀島さんはキッチンの奥で楽しそうに話している。出てきているのはいつものさんだけ。この人に注文を取ってもらっても仕方がない。早くお二人出てこないかな。
 しかし沙夜ちゃんと亀島さんはいっこうに表に出てこない。いつものさんも注文を取りに来る気配がない。席についてから注文しないまま20分が経過した。
 なんだろうこの状況は。とても不思議である。まさか沙夜ちゃんは今日が最後で、亀島さんと思い出話に花を咲かせているのだろうか。
 そんな心配をしていたら、いつものさんがようやく注文を取りに来た。サラダを頼む。そしてドレッシングとフォークを持ってきたのもいつものさん。
 このとき、いつものさんを使って、店員さんに話しかけるイメージトレーニングをしてみた。仮にいつものさんに話しかけるとしてみる。
 無理だ。やっぱファミレスの店員さんに声をかけるなんて無理だ。これが沙夜ちゃんであるならなおさらだ。
 そんなことを考えていたら、沙夜ちゃんがサラダを持ってキッチンから出てきた。ドキッ!それを見てワシは手に持っていた手帳をテーブルに置き、姿勢を正す。この時点でもう話しかけることをあきらめている。そしてワシのところにサラダを持って沙夜ちゃんが到着。
 「ご注文は以上でよろしいですか」
 いつもは聞かないことを聞く沙夜ちゃん。ワシは黙ってうなずいた。
 そしてポケットからなにやら紙を取り出す沙夜ちゃん。ワシへの手紙か?いやただの伝票でした。
 伝票を筒に入れる。そして、直す必要のない隣の席のイスの位置を片手で直してからキッチンへと歩いていった。
 長かった。サラダを持ってくるだけだったのだが、それにしては沙夜ちゃんがワシのテーブルにいる時間が長かった。それになんだかいつもと様子が違うように感じた。何かを言いたそうな感じだった…というのはオーバーかもしれないが、とにかくいつもと違った。
 やはり今日が最後なのか?「この人の世話をするのも今日が最後…」というような思いを噛み締めていたのかもしれない。
 おいしいサラダを食べ終わり、素敵に働く沙夜ちゃんを見ていた。ドリンクバーのところで作業をしている沙夜ちゃんは、今日はよく背後のワシのほうに顔を向ける。視線の先はどこなのかは分からないけど。
 ワシのほうに顔を向けるといえば、今日はレジにいるウエイトレスさんみんなワシのほうを見る。いつものさんも左前方のワシを見るし、亀島さんも顔を左に向けてワシのほうを見てた。特に亀島さんはワシと目が合ってニコニコ笑っていた。まあ亀島さんの中でワシは「沙夜の人」なのだからニコニコされるのも納得だ。
 沙夜ちゃんはコップにお冷を入れ、ワシの隣のお客に出していた。セルフサービスであるはずのお冷を。うらやましすぎるぞ隣のカップル!
 17:00を過ぎたところで沙夜ちゃんの姿が見えなくなる。そして17:16、私服の沙夜ちゃんが出てきた。上がりです。珍しくワシのほうを見ながら店を出る沙夜ちゃん。そしてうつむきながら駐車場を歩き、自転車で帰っていった。それを見てワシも店を出た。
 今日は沙夜ちゃんの様子がいつもと違って見えることが多々あった。仕事中によくワシのほうに顔を向けたこと、キッチンでほかの店員さんと話してる時間がかなり長かったことなど。どうしても「今日が最後」という嫌な予感が頭から離れない。どうかその予感は外れてほしい。
 ちょうど1年前は、やめてしまったと思った沙夜ちゃんと再会できたことに大喜びした日だ。それから1年、まだ働いていてくれていることを考えるとそれはうれしいこと限りなし。しかし1年たっても進展させることが出来なかったという事実にはかなり参ってしまう。
 来週グレートホステスに行って沙夜ちゃんがいなかったら、それはかなりヤバい。3月いっぱいはいてくたれとしても、あと2回…。いよいよ追い込まれてきた。でもどうしても話しかけられない。もうすでに黄色信号かな。
 自分から動かなければ奇跡は起きない。何とか動こうよ!こう言い聞かせながら、まだまだ明るい町中を自転車で帰った。

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