5月14日(土)

 グレートホステスへ行く。気まずくて行けないはずだが行く。理由は一つ。沙夜ちゃんに会いたいから。
 バイクでグレートホステスの近くを通ってみる。レジにいる沙夜ちゃんが見えた。今日も働いておられる。髪の結び目がいつもより大きく、ゆらゆらとしていた。どこかの奥さんみたいだった。
 一度家に帰って歩いて再び来た。裏口から入り、沙夜ちゃんの自転車のところを通過して入店した。
 扉を開ける。出入り口付近で店長が新しく販売するキャラクターグッズをガラスに張る作業をしている。横を通るワシをシカト。
 レジとのころで若木さんがワシを迎えてくれた。何も聞かずに禁煙席を手で指して通してくれた。観光地を案内するバスガイドみたいな手つきだった。
 レジに近い4人がけの席に着いた。注文も準備も持ってくるのも全て若木さんだった。優しい人妻の若木さん。
 沙夜ちゃんが出てきた。そしてさっきから新商品をガラスに張る作業をしている店長のところへ。ワシのすぐ左斜め前に位置する場所で、仕切っているものはガラスだからよく見える。
 沙夜ちゃんのことを見ないようにしながらサラダを食べてたら、沙夜ちゃんがこっちに向かって手を振ったのが横目で見えた。
 もちろんワシに向かって手を振っているのではなく、店長と話してて「いやいや」というしぐさをしたとき偶然体がこっちに向いていただけだった。
 今日は若木さんとよく目が合う。前方のレジにいるときにワシがそこへふと目をやると目が合うことが何度も。その他お仕事中に何度も目が合った。
 沙夜ちゃんがお客さんを禁煙席に案内する。ワシの真横を通り、すぐ後ろの席へ客を座らせた。
 そのあと、沙夜ちゃんはキッチンへ戻るときワシの真横は通らず、違うルートを通ってキッチンへ戻った。次にその席に来るときもワシの真横を通らないルートで来た。
 キッチンからその席に行くにはワシの席の横を通るのが最短ルートだ。しかし沙夜ちゃんはワシの横を通るのを避けるためわざわざ大回りしていく。お客さんを連れているときは、大回りするわけに行かないからワシの真横を通ったが、一人のときは違うルート。
 悲しい。ワシが今日ここへ来たのにはもう一つ理由があった。それはワシと沙夜ちゃんが普通の客と店員の関係に戻ったのを確認するためだ。もうお互い見合うこと、意識し会うことのない普通の客と店員に戻ったのを見たかった。
 それがどうだろうか。意識しないを通り越して避けているのだ。普通の客と店員よりも関係が遠くなってしまった。
 …考えてみればそれは予想していたことだった。気まずい雰囲気になった、というよりワシがしてしまったわけだし。もうグレホに来られないって思ってたわけだし。
 避けられているという肩身の狭い立場を自覚しつつ、今日持ってきた書物に目を通しておとなしく座っていた。そして近くを通った若木さん。
 うん、若木さん間違いなくワシのことを見ている。
 さっきから目が合っていたわけだが、改めて見たらどうやらワシのことをチラチラと見ているようだ。おそらく沙夜ちゃんからあの手紙の話を聞いたのだろう。ワシに渡されそうになったことを。
 若木さんはワシと沙夜ちゃんの一連の出来事を知っている重要人物の一人。ワシが来ると決まって沙夜ちゃんにワシのことを話していたあのころあのころ。若木さんには感謝感謝。
 そしてこうなってしまった今、若木さんは何を思いながらワシのことを見ているのだろう。
 「やっちゃったのね…」
 「何で受け取ってもらえなかったのかしらね…」
 どっちのように思っているかはわからないが、若木さんに慰めてほしいです。
 やがてお食事中おトイレさんが出勤し、仕事を始める。それと同時に若木さんがあがり。
 私服に着替えて出口へ向かう若木さん、ワシに向かって会釈した…。
 そんなわけなく、ワシの真後ろにいるお食事中おトイレさんに会釈したのだった。
 17:30になり、ワシも店を出た。お食事中おトイレさんのレジ。
 ワシは無心で歩いた。何も考えることがない。ただまっすぐ見つめ、見慣れている風景の中をゆっくり歩いていた。
 喜んだり悲しんだりしながら眺めたこの風景、何だか懐かしい。毎週通っているのに。気持ちが変わると風景も違って見えるのだ。
 何事にも必ず訪れる最後。一番終わってほしくないと思っていたものが最後を迎えてしまった、だんだんそれが実感となって自分の中に湧き上がってきた。

5月15日(日)

 この日は仕事だったがドタキャンに遭い、15:30には家に帰り着いていた。
 日曜日の15:30といえば、グレートホステスに行く時間だ。毎週やっていたように、今日も出発した。
 車で行った。車で行くと何もないというジンクスがある。しかし、いまとなっては何もなくてもいいのだ。
 そして、何もしなくていいのだ。
 駐車場へ入り、駐輪場を見てみる。沙夜ちゃんの自転車はない。
 んじゃ帰ろ。そのまま店の横を素通りして出ようとした。
 チラッと店内を見てみると、なんだ沙夜ちゃんいる。レジのところにいる。久しぶりの自転車なしのご出勤だ。
 店に向かって歩く。怖くて店内の沙夜ちゃんを見られない。外のワシを発見してキッチンに逃げてしまうだろうから。目が合おうものなら絶対に逃げちゃうだろう。
 手紙を渡そうとしたためにこういう状況になってしまったとはいえ、好きな沙夜ちゃんが露骨にワシから逃げるのなんて見たくない。
 うつむいたまま店に入る。恐る恐る顔を上げて正面を見る。メニューを持った沙夜ちゃんがワシの前にいた。案内してくれた。
 またレジ付近の4人がけの席へ。ワシが座ると同時にレジに会計する客が来て、ほか店員はだれも出ていなかったので沙夜ちゃんがすぐに行かなくてはいけない。沙夜ちゃんはレジのほうに顔を向けたままの案内。
 最初からワシのほうに顔を向けないようにするつもりだったのかもしれない。そこにちょうどレジに客が来たから自然な行動に見えた。
 ワシはちょっと前から注文するものに気を使うようになった。毎回同じものを頼んだりするのは変かなと思い(しかも単品のサラダだけ)、工夫しながらも安くすむ注文をしてきた。
 しかしもうそんなことはしなくていい。サラダ一皿でいいのだ。
 斜め下方向の一点をじっと見つめながら座っていた。すると沙夜ちゃんが注文を取りに来てくれた。ガーデンサラダを頼む。
 持ってきてくれたのも沙夜ちゃん。サラダを置き、筒に伝票を入れてキッチンへと戻っていった。
 どうやら特に避けられている様子はないようだ。ちょと安心。
 サラダを食べ終わり、持ってきた書籍にじっと目を通している(フリをしている)ワシ。以前のように沙夜ちゃんの視線を感じ取って視線を返すようなことはしない。顔を上げて意味ありげな方向を見つめるようなこともしない。ごく自然に本を読んで過ごした。
 1週間前のことは気にしていないよ、自然にそう強調していたのかもしれない。
 まぁワシのほうが気まずくなるようなことをしでかしたのだから、むしろ謝らないといけない立場かも。
 喫煙席の作業場で仕事してる沙夜ちゃん。先々週はここからも視線をたくさんもらった。今日もチラホラ程度ではあるが、視線をくれた。
 なんか意識して視線の量を減らしている感じもした。意識しなければワシに視線をたくさん。沙夜ちゃんがワシを見るというのは、沙夜ちゃんにとってごく自然な行為だったということか。
 座っているとワシの電話が鳴る。前までは沙夜ちゃんを見ているときはだれの電話にも出たくなかった。しかし今日はそこまでは思わない。逆に出たほうが自然な姿だ。
 ただしファミレスの席だ。携帯電話の使用は基本的に禁止。だから持っている本で顔を隠しながら沙夜ちゃんに見えないように電話。ちょっと険しい表情で見る沙夜ちゃん。ごめんなさい。
 亀島さんとレジで談笑する沙夜ちゃん。ワシはレジ付近の席でレジの方向を向いた状態で座っている。それでもレジにいる沙夜ちゃん。
 大丈夫だ。避けられてはいない。よかった。本当によかった。せめてもの救いだよ。
 あの手紙の件はリセットしてくれたということなのか。許していただけたようです。はい、もう二度とあんなことはしません。
 沙夜ちゃんが裏方からあまり出てこなくなったのを見て会計。お食事中おトイレさんのレジ。
 店を出た。いつもは店内が見れるように大回りして敷地から出ていたのだが、今日はそうすることもなくすぐに店から離れた。
 ワシと沙夜ちゃん、「店員と客」というなんでもない関係に戻った。先週以降、これを望んでいた。
 この二日間、来てよかった。あのまま来るのやめていたらスッキリしなかった。来たことによって普通の関係に修復することができた。
 理想を叶えることはできなかった。しかし平凡を取り戻すこともできた。それでいいよ。
 1年3ヵ月、なんだかんだ言ってワシと沙夜ちゃんは、最初からただの「店員と常連客」だったのである。

ギャル面沙夜子ちゃん

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