3月6日(日)

 腰が重い。いつもならグレートホステスへ行こうとパッと立ち上がることが出来るのだが、最近はなかなか家を出発する気になれない。15:00に出ようと思ってたのが15:30になり、さらに経過して15:40になり…。しかし今後の人生に沙夜ちゃんはなくてはならない存在だと改めて認識したとき、ようやく座っていた腰を持ち上げることが出来た。
 自転車でグレートホステスへ。16:00に到着。やや遠くから店の中を見てみる。髪の結び目の小さいウエイトレスさんが見えた。沙夜ちゃんだろう。
 でもはっきりは見えなかったので、駐輪場で自転車を確認。青い自転車、沙夜ちゃんの自転車を発見。
 安心した。情報によると沙夜ちゃんは高校3年生である。そろそろ卒業で、それを機にやめてしまうのではないかと心配していた。とりあえず3月に働いてるのを見てホッとした。
 駐車場から入り口へ向かう。沙夜ちゃんが窓際の席で片づけをしている。前みたいにワシに会釈したのかどうか分からないという出来事がないよう、今日は外から沙夜ちゃんをじっと見ながら歩いていた。
 沙夜ちゃんがワシの存在に気付き、お互い目が合う。すると!やはりワシに向かって軽く微笑みを見せた。
 「やはりこの前のもワシに対する会釈だったのか!?」
 しかし今回は軽く微笑みながら、目を流すようにしてすぐにワシからそらせた。そして奥の作業場へと行ってしまった。
 ちょっと今のはいい感じなんじゃない?久しぶりにウキウキ気分になって店に入った。
 「いらっしゃいませ」
 作業場の沙夜ちゃんがワシのご案内に来てくれた。ちょっとウキウキしていたので、聞かれる前にこっちから「一人です」と言った。そして何事もなくスムーズに席に着いた。
 もう注文するものは決まっているが、決めかねているフリをしてメニューを眺める。タイミングの悪いことに、会計する客が多くて沙夜ちゃんはレジから離れられない。そうこうするうちに介入しないおチビちゃんが注文を取りに来てしまった。
 「ご注文は以上でよろしいですか。ドリンクバーのご利用はよろしいですか」
 沙夜ちゃんや店長、亀島さんなら言わないことを、介入しないおチビちゃんはバンバン言ってくる。甘いね。
 注文を取ったのは介入しないおチビちゃんだったけど、お品を運んでくれるのは沙夜ちゃんであることを期待していた。しかし現実は厳しい。以後の対応も全て介入しないおチビちゃんだった。まぁ、沙夜ちゃんが持ってきてくれてもどうせまた話しかけられないことだし…。
 その介入しないおチビちゃん、セルフサービスであるはずのお冷をワシに持ってきてくれた。う〜ん謎だ。ワシが常連であるという認識はないのに、なぜこういうサービスをしてくれるのか。店長にでも言われたのかな?
 ワシはサラダを食べながら、今日も素敵に働く沙夜ちゃんを見ていた。最近ちょっとお化粧の濃くなった沙夜ちゃんを。
 食べ終わりボーっと座っている。今日は暇つぶしのための読み物を持ってこなかった。何も考えず座っているのがいちばん楽だ。
 ところで今日はだれも皿をさげに来てくれないんだけど、これはどうして?沙夜ちゃんもほかのウエイトレスさんも店長も、明らかにワシが食べ終わったということを分かっているのに、だれも来やしない。ほかの客の席はせっせと片づけているのに。
 やがて、店長が皿をさげに来た。そして店長、その皿を持ったまま沙夜ちゃんのところへ。沙夜ちゃんに何かをヒソヒソと話している。ワシのことを話しているんだったらミラクル。
 引き続きボーっと座っている。何度か沙夜ちゃんは顔をこちらに向けたが、視線の先はどこなのか。残念ながらよく分からなかった。
 時間がたち、17:10。沙夜ちゃんの姿が見えなくなる。そろそろ上がりだろう。今日も沙夜ちゃんの私服姿を見て、それから店を出よう。
 しかしなかなか沙夜ちゃんが出てこない。17:30、今日のタイムリミットが来てしまった。ワシが目をそらしたスキに帰ってしまったのか?それともワシに見られないように裏口から帰ってしまった?いらぬことばかり気になり、ワシは急いで店を出た。
 駐輪場へ行ってみると、ちゃんと沙夜ちゃんの自転車が置いてある。そうだよね、ワシを避ける理由なんてないよね。結果的に沙夜ちゃんより先に店を出てしまった。
 何事も「最後」というのは突然さりげなくやってくる。今日は沙夜ちゃんをしっかり見届けぬまま店を出た。もしかしたらこのあっけない流れが、沙夜ちゃんを見る最後になってしまうかもしれない。なにせこのようにあっけない幕切れというのを何度も経験してきたもので。
 しかももう年度末。いつやめてもおかしくない。この3月は不安になることが多いだろう。その分会えたときの喜びはいつもの何倍にもなるだろう。
 しかしワシは不安になる資格なんてないのかもしれない。声もかけない、何も行動に出ない。そんな奴が「いつやめてしまうか不安だ」なんていう資格があるのだろうか。
 目標があるのにそれに向かって進もうとしない。このグレートホステス通いはワシの人生そのものを映し出している。そんなむなしいことを考えながら、凍えるような寒さの中、自転車をこいで帰った。

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