5月8日(日)

 今日は早起きした。15:30に歩いてのグレートホステスへの出発はいつもより遅く感じる。最近は15:30を大きく過ぎてからの出発が多いから、今日はいつもより早めの出発なのだ。
 今日は沙夜ちゃんに手紙を渡す。昨日書いた手紙をしっかり手帳に挟み、緊張の中歩いていた。
 絶対渡す。いつも話しかけようとして話しかけられないが、今日はそういう失敗はダメだ。沙夜ちゃんへの気持ちはピークで張り裂けそうだから、今日渡せなかったらまた1週間待たなくてはいけないというのは我慢ならない。だから今日絶対渡す。
 グレートホステスが見えてきた。緊張する。沙夜ちゃんは今日いるだろうか。
 遠くから店内を見てみる。座席の後ろの鏡に、ドリンクバーのところにいる沙夜ちゃんらしきウエイトレスさんが映っていた。遠かったからはっきり確認はできなかった。
 裏口から入り、駐輪場を見ると沙夜ちゃんの自転車がある。緊張感が気合いに変わる。店内を見るとウエイトレスさんが見当たらない。沙夜ちゃん休憩中か。
 店に入ると沙夜ちゃんがレジの前でスタンバイしていてくれた。おおー、見えなかったので心配したよ。沙夜ちゃんの何も聞かない案内でお店の一番角の席に着いた。
 テーブルの端に渡す手紙を置き、その上に手帳を置いて隠す。渡すタイミングはお品を運んでくれたときだな。
 やがて沙夜ちゃんが注文を取りに来る。今日は何を頼むかは全く考えていなかった。手紙を渡すことで頭が一杯。適当にサラダとドリンクバーを頼んだ。
 お食事の用意も沙夜ちゃん。サラダだけだからフォークをポンと置くだけ。ポンと置いたら少し斜めになってしまい、戻ろうとした足を止めてそのフォークをまっすぐに直してくれた。
 そのとき、ワシの手帳の下から手紙がはみ出ていた。沙夜ちゃんはその手紙の存在に気付いたような感じだった。ハッと見たのだ。手紙だってことに気がついたか。
 そして沙夜ちゃんは店内を歩き回ることなく、お品が出来上がったことを知らせるランプの下でじっと待機してる。かなりワシのほうを見ている。手紙の存在に気付いてこの様子、これはいい感じかも。もう渡せない理由はない。後はサラダを持ってくるのを待つだけだ。
 やがてランプがつき、キッチンからサラダを持った沙夜ちゃんがこっちに向かってきた。いよいよだ!しかしもう緊張はない。度重なる好感触によって気分はかなり楽になっていた。よし、渡せる。
 沙夜ちゃん「ガーデンサラダでございます。ご注文は以上でよろしいでしょうか」
 そういって伝票を丸めて筒に入れた。キッチンに向かって歩こうとしたとき、ワシは沙夜ちゃんを呼び止めた。
 ワシ「あの、すいません」
 立ち止まって振り返る沙夜ちゃん。
 ワシ「時間があるとき、読んでいただけませんか…」
 そういって手紙を沙夜ちゃんに差し出した。ちゃんと立ち上がって、両手で差し出した。想いを込めた手紙を。
 すると…



























 沙夜ちゃんは「それはちょっと…」というような表情で後ずさりをしながら、ワシの手紙の受け取りを拒否した。

































 ワシ「ダメすか…」
 沙夜ちゃんはコクリと首を縦に振り、その場を立ち去った。
 受け取りを拒否…、予想もしていなかった。
 そんな…拒否された。沙夜ちゃんはワシの好意を拒否したのだ。もうこの場にいずらい。逃げ出してしまいたい。
 沙夜ちゃんは拒否したあと、そのままキッチンへ戻っていった。レジの後ろの出入り口からキッチンへ入った。
 その直後、キッチンから沙夜ちゃんの「アハハ〜ン!!」と嘆く声が聞こえてきた。今現実に起きていること、自分がしでかしてしまったこと、もう何もかもがわからない…!!
 こんな状況でサラダを食べなければならない。ワシはうつむきながらサラダをチョコチョコと食べた。最初の勢いとは打って変わってだ。
 この出来事のあと、沙夜ちゃんはすっかり表へ出て来なくなってしまった。ワシは悪いことをしてしまったようだ。サラダを食べ終わったあとは、持参した地域新聞を読みながら周りを見ていた。
 沙夜ちゃんが出てこない分、亀島さんといつものさんが頑張って表の仕事をしている。ワシが手紙を渡そうとしたこともおそらく伝わっているだろう。この二人ともとても目が合わせられない。
 曇った表情の亀島さんと店長、いつものさんに関してはただ呆然とした表情だった。
 何ともいえない雰囲気の店内。ワシは地域新聞で顔を隠しながら座り続けた。そして物思いにふけった。
 何だよ沙夜ちゃん、今までワシのこと見てたんじゃなかったのかよ。ワシの勘違いかよ。1年以上も大きな勘違いをしてたのかよ。
 でも沙夜ちゃんがワシのことを見てたことは間違いない。あれで見てないというのなら、沙夜ちゃんは相当おかしい店員だ。何回も目が合ったとかそんなレベルではなく、視線にプラスして行動にもハッキリ出てたのだから。結局それはワシに好意があるという意味ではなかった、ということか。じゃあ何の用だったの…。
 受け取りを拒否したのは、仕事中だからというのが理由か。仕事中は客からのそういうのに応じてはいけないという決まりがあったのか。いやいや、沙夜ちゃんの拒否の仕方は「仕事中ですので」という感じではなかった。ワシの好意を悟り、「それは受け入れられない」という感じだった。
 手紙を受け取らなかったのはワシの好意を拒否、それ以外考えられない。
 しかしまあ、受け取らないなんて予想もしていなかった。とりあえずは受け取ってもらえて、あとは連絡が来るか来ないかの問題だと思っていた。それがはなっから受け取らないなんて。いきなり紙を差し出されたらわけのわからないうちに受けってしまうもんだと思っていたが、沙夜ちゃんは紙を差し出された瞬間に自分に対する好意だと察し、冷静に拒否。こういうのに慣れているようにも見えた。手紙を差し出されるって経験は前からたくさんあったのかもしれない。そうでもないとあんなに冷静に拒否できないでしょう。
 ファミレスの店員にアタック、これは現実離れしたことだ。うまくいくはずなんてない。今まで声がかけられなかったが、声をかけなくて正解だった。絶対変に思われる。それはさっき沙夜ちゃんを呼び止めたときに感じた。これは声かけられないわけだよ、とね。
 ショックで座り続けるワシ。少し顔を上げて店内を見ると、ようやく沙夜ちゃんが表に出始めた。しかし今までと違ってワシのほうは一切見ない。完全に避けている。こういう出来事の後だから無理もない。
 今後ここに来ても沙夜ちゃんはワシを席に案内してくれないだろうし、注文も取りに来てくれないだろう。レジにいるときにワシが席を立てばキッチンに逃げてしまうだろう。
 もうグレートホステスに来ることもできなくなってしまった。
 こんなことなら手紙なんて渡そうとするんじゃなかった。何もなくてもいいから今までどおり沙夜ちゃんの視線を浴び続けていればよかった。席を立ったら真っ先にレジに向かってもらい続けたかった。今までの何気ない関係を続けたかった…。
 今日手紙を渡そうとさえしなければ、これからも沙夜ちゃんはワシのことを見てくれただろう。進んでワシの注文取りに来てくれただろう。ワシが帰る用意をすれば真っ先にレジに来てくれただろう。
 …一体何のために?
 しかしそれは失敗したからこそ言える結果論である。それに進展がないなら見られ続けても意味がないし。ワシを見る意味ってなんだったの?
 そんな絶望のふちに立っていたら、時刻は17:30になった。沙夜ちゃんはキッチンの奥にいる。レジには店長。無難にレジを済ませた。
 店長「ありがとうございました、またお越しくださいませ」
 いや、もう来られないですよ…。
 店を出る。別れのときが来た。今日でちょうど1年3ヵ月。思い起こせばいろいろなことがあった。楽しかったよ。この年になってこんな青春が味わえるなんて思ってもいなかった。感謝するよ。
 思い出の地を振り返ることなく、ワシは歩き始めた。

 天使は舞い降りてこなかった。

 長いこと懸命に追いかけ続けた。しかし、ワシの持っている小さな網(つまり小さな肝)では到底捕まえることのできない存在だった。

 だれに捕まえられることなく自由に空を飛び続ける妖精のような存在でいてほしい、今となってはそう願ってやまない。

 見慣れているはずのいつもの帰り道、今日は違って見えた。あちらこちらにある「幸せ」に目がくらみそうだった。
 仲良さそうに自転車を二人乗りしているカップル、アイスクリーム屋で二人でおいしそうに食べているカップル、楽しい旅に疲れて助手席で深く眠る彼女を乗せて彼氏が運転する自動車、これからファミレスに入って楽しい食事の時間を過ごすであろう家族…。
 どうかワシの分まで幸せでいてください。あなたたちのような大きな幸せをつかむつもりだったのですが、叶いませんでした。どうかワシの分まで…。
 ゆっくり歩き、グレートホステスのある町とワシの地元の町の境目まで来た。足を地元に踏み入れた瞬間、ワシの長きにわたる挑戦は終わった。
 ありがとう、グレートホステス。さようなら、大塚沙夜子。
 

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