1月2日(日)

 今月で「大塚沙夜子」という名前を知ってから1年になる。ついに年を越してしまった。
 今日は日曜日。でもこんな新年早々バイトしてるかな?クリスマスやってたから、今日いてもおかしくない。行ってみよう。幸先のいいスタートを切るぞ!
 自転車でグレートホステスへ。16:20に到着。亀島さんと若木さんが見えた。このお二人、新年早々お疲れさんです。
 さて沙夜ちゃんはいるかな。駐輪場へ自転車を止めに行く。沙夜ちゃんの自転車があるじゃないですかー!!
 沙夜ちゃんの姿を確認する前に自転車を確認すると、なぜか心拍数が上がる。まだ沙夜ちゃん本人を見ていない分、緊張するのだろう。
 店に向かって歩く。出入り口の前、店内を見ると亀島さんがレジの所にいて、若木さんが接客中、そして沙夜ちゃんは喫煙席のところにある作業場で仕事をしているのが見えた。新年早々メンバーがこのお三方とは、縁起のいい年初めだ。
 その時!亀島さんが店に入ろうとするワシのことを発見、そして作業場にいる沙夜ちゃんになにやら声をかける。沙夜ちゃんは驚くようにすばやく外のワシを見た。
 うれしそうな笑顔を浮かべた。
 新年早々来るなんて想像もしてなかったのだろう。しかしまさかこんなにはっきりとしたリアクションを見せてくれるとは、ワシも予想外だった。
 このときレジ付近に店長もいた。亀島さんと沙夜ちゃんのやりとりがしっかり耳に入ったのだろう、店長の表情はかなり曇っていた。普段から沙夜ちゃんと雰囲気のいい店長、これで答えが分かっただろう。
 店に入る。亀島さんと店長が口をそろえてお出迎え。
 「いらっしゃいませ、こんにちは」
 ついつい「こんにちは」と返事を返してしまうワシ。人数も禁煙喫煙も一切聞かずに「どうぞこちらへ」と禁煙席に通してくれた。
 この常連扱いには、毎回優越感を覚えてしまう。そりゃ毎週一人で来ていればまた一人だろうと分かるだろうし、タバコも吸わない人だということも覚えるだろう。でも、それだけではないはずだ。亀島さんや若木さんの中には「沙夜の人」という認識が埋め込まれている。当然沙夜ちゃん本人にも。それを感じることが出来るから、毎回優越感に浸ることが出来るのだろう。
 ワシを席に座らせた後の亀島さん、またなにやら沙夜ちゃんに声をかけて「うふふふっ」と笑っていた。
 レジに一番近い窓際の席へ案内してもらった(亀島さんの時はいつもここ)。サラダを注文しようと決める。
 沙夜ちゃんが注文を取りに来てくれた。「サラダプレート」をドレッシングはアドリアンで。スムーズなやり取り。気分よかった。
 声がかけられないと悩むのは、去年までにしたい。今年は一発目からいきたい。声をかけよう…、声をかけよう…。
 沙夜ちゃんが食事の用意をしに来た。ドレッシングを置き、ナイフとフォークを並べる。声をかけるならこの時だとは、去年から思っていたこと。今日だってこの時に声をかけるつもりだった。
 しかしだね、沙夜ちゃんにはまるでスキがない。また声をかけられずに終わってしまった。
 その直後にサラダを持ってきてくれた。テーブルに置き、伝票を筒に入れる。この作業も早いこと。声かけられない。
 あんなに決心したのにまた去年と同じ結果。相変わらずのふがいなさに、思わずテーブルに顔を伏せてしまった。
 気を取り直してサラダを食べる。「デリ&サラダプレート」はうまい。沙夜ちゃんを見ながらゆっくり食べた。
 食べ終わる。沙夜ちゃんがワシの後ろの席の客へ品を運ぶ。そのままワシの席に来て食器をさげた。
 もうね、「大塚さんは…」という言葉がのど仏の上まで来ていた。あと一息で出るところだった。しかし沙夜ちゃんにはスキがない。またしても声をかけることが出来なかった。
 おいおい、どうするんだよ。注文取り、食事の用意、品運び、片づけ、これらをすべてやってくれて(つまりチャンスが4回もあった)、しかも年明け早々ということもあって客が少なく、あわただしい様子もないから声をかけるのにはいい環境。こんなに恵まれていたのに声をかけられない。この先もダメでしょう…。
 せっかく入店のときいい思いをしたのに、これですべて台無し。あ〜あっ!!
 もちろんすぐに席を立つことはしない。だが本も何も持ってこなかった。ただボーっと座っていた。そして沙夜ちゃんを見てた。
 レジの奥に、奇妙な格好のウエイトレスさんがいた。グレートホステスの制服を着ているのだが、エプロンをしていない。何だ?この人。
 誰かと話をしている。沙夜ちゃんとだ。そのエプロンしてない人は沙夜ちゃんと話しながらワシの方をちらちら見る。視線の先を確かめるためにワシはメガネをかけた。うん、明らかに沙夜ちゃんと話しながらワシのことをちらちら見ている。ワシと目が合うとまずそうにキッチンにさがる。その直後、キッチンから体を半分出してまたワシを見る。また目が合ってすぐにさがる。
 沙夜ちゃんがこの人にワシのことを話しているのだろうか。そんな感じもしたが、そうでない感じもした。これははっきりと言い切れない。
 仕事がひと段落した沙夜ちゃん、レジの横に立つ。ワシの座っているすぐ斜め前。物理的な距離はいますごく近い。ワシらの男女としての距離が縮まるのはいつの日か…。
 17:30を過ぎ、客が増えてきた。沙夜ちゃんも忙しくなる。17:50になったところでワシは席を立った。
 沙夜ちゃんはかなりの大人数の客の席の準備。レジは店長だった。
 店を出るワシのことなどチラリとも見ず、沙夜ちゃんはもくもくと仕事をしていた。その姿を目に焼き付けてワシは自転車で店をあとにした。
 あとはワシが声をかけて進展させるだけ。これに尽きる。でも、逆に話をしすぎるとどうなるのだろう。来店のたびに必ず声をかけ、声をかけない日のほうが珍しくなったら、どんな変化が起こるのだろう。
 待っているのはいい変化なのか悪い変化なのか。でもなかなかそこにたどり着けないワシが、今年も健在していた。

次のページへ

INDEXへ